日本仏教学院のサイトデザインで最後に残されたのは、セミナーのページでした。
セミナーの案内ページなら、おしゃれなセミナー室の画像とか、セミナー風景がいいのではないかと私は思っていました。
ところがデザイナーからは、それは分かりやすいものの、即物的なので、シンボルとしてセミナーの趣旨や意義を伝えるものとしては「菩提樹」ではどうか、という提案がありました。
「菩提樹」というと、お釈迦さまがそのもとで悟りを開かれた木のことです。
それだと瞑想やさとりのイメージになってしまい、セミナーとは少しずれがあるように思ったので、セミナーの意義にかなう象徴を考えてみました。
それで出てきたのが、こちらのセミナー案内ページの船です。
なぜかというと、仏教に教えられる絶対の幸福になった世界をインド、中国、日本の高僧方が、よく船にたとえられているからです。
例えば日本の親鸞聖人は、人生の目的を達成して、絶対の幸福になったことをこういわれています。
大悲の願船に乗じて
光明の広海に浮かびぬれば
至徳の風静かに
衆禍の波転ず。
「大悲の願船」とは、大慈悲の願いによって作られた船のことで、その大きな船に乗ったといわれています。
それまで親鸞聖人は、苦しみ悩みの波が次から次とやってくる人生の海で苦しんでおられたんですが、29歳の時に、仏教を聞いて大悲の願船に乗ったといわれています。
これは、人生の目的を達成した、ということです。
それを船に乗ることにたとえられています。
では、この大きな船に乗ったらどうなったかというと、次に「光明の広海に浮かんだ」といわれています。
「光明」ですから、明るい世界に出たということです。
それまでの人生は、暗くて苦しい人生だったんですが、大悲の願船に乗って、真っ暗闇の人生が、光明輝く明るい人生に変わったということです。
次の「広海」は何ものもさわりにならない、何ものにぶつかることもない広い海です。
それまでの人生は、あっちにぶつかりこっちにぶつかり自由のきかない狭い海だったんですが、一切がさわりとならない自由な世界に出た、といわれています。
それはどんな世界なのかというと、次に
「至徳の風静かに」といわれています。
これは調子のいい時です。
調子のいい時は、ろくなたねまきをしていない自分なのにこんなに恵まれすぎることを感謝せずにおれなくなってくるということです。
それは、限りない幸せがそよ風のように心にそよそよそよいでいるようだといわれています。
そして「衆禍の波」というのは、逆境の時です。
「衆禍」は色々なわざわい、不幸や災難のことで、人生の目的を達成しても、まいた種は必ず生えるので、色々の不幸や災難がやってきます。
ではどこが変わるのかというと、衆禍の波が「転ずる」のです。
暗闇で落書きしていたのが、電気がついてハッキリするように自分の恐ろしい悪の姿がハッキリ知らされて、懺悔となり、そんな者が今どうして大悲の願船に乗せて頂けたのかと喜ばずにおれなくなってきます。
自分の悪が知らされるほど、喜ばずにおれなくなってくる、衆禍の波が喜びに転じ変わるのです。
このように、人生の目的を達成すれば、順境も逆境も乗り越えて明るく楽しい人生になるわけです。
それを親鸞聖人は、人生の目的を達成した心の風景を、
「どんな大きな波が来てもびくともしない大きな船に乗せられたような気持ちだ」
といわれているわけです。
ではどうすれば、大悲の願船に乗って、人生の目的を達成できるかというと、
「仏法は聴聞に極まる」
といわれるように、聞く一つで大船に乗れます。
それで、セミナーには、船のイメージがいいのではないかと思ったわけです。
他にもメインイメージの海と対応しているとか、船には新しい世界に旅立つという意味もあることから、確かに、単なるセミナー風景の写真を入れるよりもずっといいページになったと思います。
先日、通信コースと、YouTubeで公開されているビデオはどう違うの?
というご質問を頂きました。
確かにYouTubeなら、無料公開しているのでいくらでも自由にご覧頂くことができます。
ところが、YouTubeはその性質上、誰がやってもそうなると思いますが、なるべく多くの人に見てもらわないと拡散しないので、毎回初めての人に分かるように作ってあります。
それはそれで順不同でどれを見てもらってもいいのですが、前回のビデオをふまえて次の内容に進む、ということが難しいのです。
だから、例えば安倍元首相が銃撃された事件などが起きると、話題の時事問題を通して仏教の教えのさわりを話す、というように、今まで仏教と縁もゆかりもない 初めての人には向いていると思いますが、深い話に入っていくことができない、という特徴があります。
一方、通信コースの場合は、全部で25回をかけて、順をおって解説していきます。
今まで学んだことをふまえて、次の内容に入ります。
いわばYouTube上ではできない体系的な組み立てができるのです。
それで、日本仏教学院でお話ししていることは、予備知識ゼロでも分かるようにスタートしますが、だんだん深く入っていって、半年もすれば他ではほとんど聞くことのできないような深い内容に到達していくわけです。
仏教というと一切経七千余巻といわれるたくさんのお経がありますが、その中でも本当の生きる意味に直結する、特に大事なことをお伝えしているので多くの方に喜ばれているわけです。