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なぜ私が仏教に人生をかける決意をしたのか

昭和51年、醤油で有名な千葉県野田市に、生を受けました。

 小学校はそれなりに楽しかったのですが、
中学校では、校則も厳しく、
徐々に勉強も振るわなくなりました。
高校で入ったサッカー部でも、到底レギュラーになれず、
更に、気が小さい私は、初恋の女の子にまでふられ、
「一体なぜこんなに苦しまねばならないのだろう。」
と悩み続ける暗黒の日々でした。

 そんな時、テレビで見たアインシュタインにあこがれ、
「将来自分も歴史に名を残す物理学者になりたい、ならば東大に入ろう」
と思ったのです。
それを聞いた両親は「大学には行ってもいいが、塾にやるお金はない」
と言い、周り中の友達は、お前には無理だと笑いましたが、
「無難な人生で終わるより、一回位冒険した方が面白いじゃないか」
と、高校二年の秋、勉強を始めたのです。

しかし、現実は厳しく、模擬試験ではいつも
「合格は無理です。志望校を変更しましょう」
との判定。不安と焦燥の中
「それでも何とか物理学者になりたい」
と、1日18時間の地獄の勉強を1年以上続けました。

 ところが、入試直前の、ある寒い冬の朝でした。
いつものように、自転車で図書館へ向かっていると、
突然、赤いスポーツカーが、横からつっこんできたのです。
ぶつかる!と思った瞬間、目の前が真っ暗になりました。
それまでの思い出が走馬燈のようにかけ巡り
「自分の人生は、一体何だったのだろう」
と、無力にも空中へ吹き飛ばされていました。

 気づいた時には、路上に倒れていました。
激突した車のフロントガラスはバリバリにひび割れ、
自転車はぐにゃりと鉄くずのようになっていたのですが、
体は上にはねあげられ、幸いにも無傷でした。
相手の運転手は真っ青になり、
私もショックで受験などふきとびそうでしたが、
それでも今まで頑張ってきたことを思い出すと、
「ここであきらめるわけにはいかない」
と、事故を示談にし、
震える足でそのまま図書館へ向かったのです。

 サッカーで体を鍛えていた為か、なんとか無事、受験を終えました。
 そして桜満開の4月、晴れて東大の門をくぐることができたのです。
夢に向かって大きく前進した私は、幸せの絶頂でした。
しかし、 同時に、楽しかった高校三年間が
あっという間に終わってしまったことが妙に寂しく、
夢のキャンパスライフも、次第に満足できなくなっていました。
 そんな一学期の終わり、同じ授業の友人に誘われて、
仏教の講演会を聞かせて頂くことができたのです。

「人が生きるのは、学問や地位や名誉の為で
はない。苦悩の根元を断ち切られ、未来永遠の幸福の身になる為です」
 その説法は、学問を志していた私にとって、ものすごい衝撃でした。
 しかもそれが、深さも知れない仏教の教えに、厳然とした根拠がある事を知らされて、
真実に出会えた喜びに、感激せずにおれませんでした。

 聞かせて頂くうち、このはてしない物理の道を進んでも、
本当の幸せにはなれないのではないかと思うようになりました。
 あの寒い冬、車にひかれ、すべてが崩れさっていたかもしれないことを思うと、
苦悩の根元を知らず、間違った努力で一生を終えたなら、
臨終にどんなに後悔を残すことか。

 それまで命をかけていた、学問の道でしたが、
一度きりの人生、真実に生き抜きたいと、
仏教に、生涯をかける決意をしたのです。
 生きる意味が分からずに苦しみ悩む、すべての人に、
本当の生きる意味を伝え抜く覚悟です。
 どうぞよろしくお願い致します。

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