「 2015年01月 」一覧

今を精一杯生きれば後悔しない?

後悔のない人生にするためには、
今を精一杯生きればいいのでしょうか?

ところが、今を精一杯生きて後悔した人は
歴史上数え切れないほどたくさんあります。

それは、天才といわれる領域に達した人でも同じです。

たとえば、
15世紀のイタリアで活躍した
レオナルド・ダ・ヴィンチ

私は神と人類にそむいた。なぜなら本来果たすべき仕事をやりとげられな
かったからだ。(『生きる意味109』p.84)

と言っています。

その直後、16世紀のイタリアで活躍した
ミケランジェロは、晩年、

いまやわたしは知った、芸術を偶像とも君主ともみなしたあの迷妄の情熱
がいかに誤っていたかを。人間にとってその欲望がいかに災厄の源泉であ
るかを。(『生きる意味109』p.96)

と言っています。

同じ16世紀、日本で天下統一をなしとげた
豊臣秀吉は、

露と落ち 露と消えにし 我が身かな 難波のことも 夢のまた夢
(『生きる意味109』p.210)

と辞世の句を詠んでいます。

17世紀、江戸時代、元禄文化の俳聖
松尾芭蕉は、死の床についたとき、

此後はただ生前の俳諧をわすれんとのみおもうはと、かえすがえすくやみなり申されし也(『生きる意味109』p.97)

とくり返しくり返し後悔したと弟子が書き残しています。

18世紀のドイツの文豪ゲーテは、人生を振り返り、

結局、私の生活は苦痛と重荷にすぎなかった。
(『生きる意味109』p.86)

と言っています。

19世紀フランスの印象派の画家、睡蓮の絵で有名な
クロード・モネは、

私の人生は失敗に過ぎなかった。
(『生きる意味109』p.100)

と友人の当時のフランスの大統領、
クレマンソーに書いています。

20世紀日本の文豪
夏目漱石は、最後の随筆に、

今まで書いたことが全く無意味のように思われ出した。
(『生きる意味109』p.102)

と書いています。

20世紀のスペイン出身の画家
パブロ・ピカソは、

絵はわれわれの信じていたようなものではなかった。
それどころか正反対だった。(『生きる意味109』p.101)

と言っています。

その時は
「これが大事」
「これこそ私の生きる意味」
と思ったことも、
後から振り返ると、意味がなかったと後悔するのです。

それは、
「今を生きる意味」であっても、
「人生全体の意味」ではないのです。

その人生全体の意味は、
仏教に説かれていますので、
ぜひ、人生全体の意味を知って、
後悔のない人生にしてください。