「 2014年03月 」一覧

生きる意味なんかなくても生きていける?

前回に続けて、生きる意味や目的は、分からないよりも、

間違っているほうが、より幸せから遠ざかる可能性が高く、

危険ですので、生きる意味についての

よくある間違いについてしばらくお話ししたいと思います。

(よくある有名なものを7種類くらいあげようかなと思いますが、

途中で終わってしまうかもしれません)

では、まず1つ目は

生きる意味なんかなくても生きていける

です。

▼何のために生きているのですか?

と聞いてよく出てくる一つ目は、

生きるために生きる

というものです。

「生きるのは何のため?

そんなこと考える必要ないんじゃないかな、

生きること自体が大事なんだよ」

このように、

生きるために生きる」というと、

何か深いような響きがありますが、

実際には何も考えていなかった人が急に聞かれて、

焦って出てきた答えにありがちです。

これに似た考え方としては、

「生きるためにはお金を稼がなければならない。

そのためには仕事をしなければならない」

と、「お金のために仕方なく仕事をしている人」も

結局は生きるために生きているということになります。

「受験勉強は何のため」と聞かれて

「受験勉強のため」では答えになりませんし、

「科学の目的は?」と聞かれて

「科学の進歩のため」では、答えにならないように、

「生きるために生きる」は、

生きる目的の答えになっていないのですが、

それに気づいた人は、よく、

生きる目的なんか考えなくても生きていけるよ

と言います。

 

▼確かにその通りです。

現に、生きる意味を考えている人も、考えていない人も、

みんな生きています。

何も考えず働いて、お金を稼ぎ、子供を生んで育てます。

そんな人生のすがたを一休は、

人生は 食て寝て起きて クソたれて
子は親となる 子は親となる

と詠いました。

毎日、食べては出し、食べては出し、

起きては寝て、起きては寝て、

台所と便所の往復、布団のあげおろし、

毎日が同じことの繰り返しです。

その間、人それぞれ色々な仕事をしたり、

趣味やスポーツ、旅行などで楽しみますが、

本質的には同じ事を繰り返しているだけです。

その間に、子供があっという間に成長して親となり、

その子供もまたあっという間に親となり、

その間に自分は年をとって死んでしまいます。

 

▼ところが、そんな食べては出し、

子供を育てるだけの人生なら、

動物でもやっています。

動物というのは、何も考えず、本能的に生きています。

本能的というのはつまり、

欲を満たすためだけに生きているということです。

欲の心は人間にもありますので、

仏教では、食欲、財欲、色欲、名誉欲、睡眠欲の

5つの代表的な欲を五欲といいます。

五欲
食欲………食べたい、飲みたい欲
財欲………金や物が欲しい欲
色欲………異性を求める欲
名誉欲……褒められたい、悪口言われたくない欲
睡眠欲……眠たい、楽がしたい欲

人間も、何も考えず、これらの五欲を満たして

喜んでいるだけの本能的な生き方なら、

生きる意味も目的も、特に必要ありません。

それでも生きていけますし、

現代ではそんなアニマルな人間が

増えているとも言われるのですが、

そんな刹那的な快楽を満たすだけでは、

心からの安心も満足もないまま、

あっという間に人生は終わってしまいます。

 

▼それでは生まれがたい人間に生まれた甲斐がありません。

このように「生きるために生きる」というのは、

生きる目的を考えていないということですが、

トルストイはこう言います。

人生の意義を探し求めようとしない者がいるならば、
その人間は生きながら死んでいるのだ。(トルストイ)

そんな人がこの生きる意味の記事を読むのは

矛盾していますので(笑)

さすがにこのブログ読者の方に、

そんな方はめったにないと思いますが、

このような人生のすがたをありのままに見つめて、

はじめて生きる意味、目的が問題になってくるのです。

 

仏教には、本当の生きる意味が
明らかにされていますので、
ぜひお分かりになるところまで
お聞き下さい。